旅行のとも、ZenTech
旅行のとも、ZenTech > 海外旅行 地図 > 東南アジア地図 > インドネシア > スラウェシ島

マカッサル地図


 マカッサル(インドネシア語/英語:Makassar)は、旧称「ウジュン・パンダン(Ujung Pandang)」であり、インドネシアスラウェシ島南部にある南スラウェシ州の州都です。東インドネシア地域で最大の都市であり、ジャカルタスラバヤメダンバンドンに次いでインドネシアで 5番目に大きな都市圏です。マカッサルはスラウェシ島の南西海岸に位置し、マカッサル海峡に面しています。
 マカッサルは歴史を通じて重要な貿易港であり、17世紀にオランダ東インド会社に征服されるまでは、ゴワ・スルタン国(Gowa Sultanate、14世紀~1957年、マカッサル族の子孫が建てた南スラウェシ地方の王国)の中心地であり、ポルトガル海軍の基地でもありました。マカッサルはオランダ領東インドにおける重要な港であり続け、東インドネシア地域に拠点を置き、マカッサルの漁師たちは南はオーストラリア沿岸まで航海していました。インドネシア独立後、短期間、マカッサルは東インドネシア州の首都となり、その間に反乱が発生しました。
 マカッサル市の面積は 175.77平方キロメートル(67.87平方マイル)で、2023年半ば時点でマカッサル市の 15の行政区に約 147万4000人(男性73万2391人、女性74万2002人)の人口を抱えていました。マミナサタとして知られるマカッサルの公式首都圏は、隣接する県の 33の地区を加えて、面積2,666.63平方キロメートル(1,029.59平方マイル)を誇り、2023年半ばの公式推計によると人口は約 2,795,639人です。海抜 0~25メートル、南緯 5度07分 東経 119度25分です。
 国家開発計画庁によると、マカッサルはメダン、ジャカルタ、スラバヤと並んで、インドネシアの 4大中心地の一つです。インドネシア銀行によると、マカッサルの商業用不動産価格は、ジャカルタ首都圏に次いでインドネシアで 2番目に高いです。
 
マカッサル イメージ(ロッテルダム要塞)
マカッサル
 

マカッサル 観光

 マカッサルの観光名所としては、ロッテルダム要塞(Fort Rotterdam)、カレボシ広場、マカッサル市博物館、トランス・スタジオ・マカッサル(遊園地、Trans Studio Makassar)、アッカレナ・ビーチ(Pantai Akkarena)、ロサリ・ビーチ(Losari Beach)、マカッサル中央市場(Makassar Central Market)、アル=マルカズ・アル=イスラミ・モスク(Al-Markaz Al-Islami Mosque)などがあります。
 
 マカッサルには有名な伝統料理がいくつかありますが、その中でも最も有名なのが「コト・マカッサル(Coto Makassar)」です。これは、ナッツ、スパイス、そして厳選された牛のモツ(脳、タン、腸など)を煮込んだ「ソト(シチュー)」の一種です。リブ(あばら肉)を使った料理である「コンロ(Konro)」も、マカッサルで人気の伝統料理です。コト・マカッサルやコンロは、通常、「ブラサ(burasa)」や「クトゥパット(ketupat)」といった、もち米を使った料理と一緒に食べられます。マカッサルのもう一つの名物料理に「アヤム・ゴレン・スラウェシ(Ayam Goreng Sulawesi/セレベス風フライドチキン)」があります。これは、伝統的なレシピの醤油ダレに最大24時間漬け込んだ鶏肉を、黄金色になるまで揚げたものです。通常、チキンスープ、ご飯、そして特製のサンバル(チリソース)を添えて提供されます。
 さらにマカッサルは、「ピサン・エペ(pisang epe/押しつぶしバナナ)」や「ピサン・イジョ(pisang ijo/緑のバナナ)」の発祥の地でもあります。ピサン・エペは、バナナを押しつぶして焼いたものにパームシュガーのソースをかけた料理で、ドリアンと一緒に食べられることもあります。特にロサリ・ビーチ周辺では、多くの屋台でピサン・エペが売られています。一方、ピサン・イジョは、緑色に着色した生地(小麦粉などを使用)でバナナを包み、ココナッツミルクやシロップをかけたものです。冷やして提供されることもあり、ラマダン(断食月)の期間中、現地のイスラム教徒が日没後の食事(イフタール)でよく口にします。
 
 マカッサルのホテルは、ホテル サンティカ マカッサル、イビス スタイルズ マカッサル サム ラトゥランギ、ザ リンラ、クラロ ホテル マカッサル、ミョコ ホテル & コンベンション センター、フォー ポインツ バイ シェラトン マカッサル、スイス=ベルホテル マカッサル、ノボテル マカッサル グランド シャイラ、メルキュール マカッサル ネクサ ペッタラニ、アルヤドゥタ マカッサル、アストン マカッサル ホテル & コンベンションセンター、メリア マカッサル、ベストウエスタン プラス マカッサル ビーチ、マックスワン ホテル & リゾート マカッサル、アルメデラ マカッサル、ガッマラ ホテル マカッサル、グランド アジア ホテル マカッサル、フォックス ライト ホテル ロイヤル ベイ マカッサル、スイス ベリン パナックカン、キリアド ハカ マカッサル、ゴールデン チューリップ エッセンシャル マカッサルなどがあります。
 
インドネシアにおけるマカッサルの位置が判る地図(Map of Makassar, South Sulawesi, Sulawesi Island, Indonesia)
マカッサル地図
地図サイズ:640ピクセル X 340ピクセル
 

マカッサル 経済

 この都市はインドネシア有数の港であり、国内外を結ぶ定期航路が整備されています。また、長距離貿易に現役で使用されている数少ない木造帆船「ピニシ(pinisi)」の重要な寄港地としても全国的に有名です。
 植民地時代、この都市は「マカッサル・オイル」の名の由来となったことで広く知られており、同オイルを大量に輸出していました。マカッサル・エボニー(黒檀の一種)は、黄褐色や茶色の縞模様が入った温かみのある黒色を呈し、高級家具や化粧単板(ベニヤ)の材料として高く評価されています。
 現在、スラウェシ島およびインドネシア東部最大の都市である同市の経済は、サービス業に大きく依存しており、サービス業が経済活動全体の約 70%を占めています。その中でも、レストラン・ホテル業が最大の割合(29.14%)を占め、次いで運輸・通信業(14.86%)、商業(14.86%)、金融業(10.58%)が続きます。サービス業に次いで重要なのが産業活動であり、全体の 21.34%を占めています。市域内には、面積270.84ヘクタールを誇るマカッサル工業団地(Kawasan Industri Makassar)が設けられています。
 マカッサルはスラウェシ島における重要な漁業拠点でもあります。主要産業の一つにナマコ(トレパン)漁があります。ナマコ漁を通じて、マカッサルの人々は、ヨーロッパ人の入植(1788年開始)よりはるか以前から、オーストラリア北部の先住民と接触していました。
 C.C.マックナイト(C. C. MacKnight)は、1976年の著書「Voyage to Marege:Macassan Trepangers in Northern Australia(マレゲへの航海:オーストラリア北部のマカッサル人ナマコ漁師)」の中で、彼らが食用ナマコ(トレパン)を求めて1700年頃からオーストラリア北部へ頻繁に渡航していたことを明らかにしました。彼らは北西モンスーンが吹く12月か1月に自国の海域を離れ、現在のアーネム・ランド(彼らは「マレゲ」と呼んだ)やキンバリー地域(「カユ・ジャワ」と呼んだ)へ向かい、南東貿易風が吹く4月に帰国していました。
 1803年には、ティモール海のホロチュリア・バンクス(Holothuria Banks)において、ニコラ・ボーダン率いるフランスの探検隊が、24~26隻からなるマカッサル人の船団(プラフ)を目撃しています。1803年2月、「インベスティゲーター」号のマシュー・フリンダースは、それぞれ20~25人が乗船した 6隻のプラウ(帆船)と遭遇しました。船団の長であるポバッソは、当時オーストラリア北岸に 60隻ものプラウが展開していると語りました。彼らはトレパン(ナマコ)漁を行っており、航海用具としては小さなコンパスしか持っていないようです。1818年6月には、フィリップ・パーカー・キングがアラフラ海のポート・エシントン近郊で、マカッサル人によるトレパン漁の様子を記録しています。
 1865年、当時カムデン・サウンド(キンバリー地域のオーガスタス島付近)にあった英国入植地の政府駐在官R.J.ショールは、総勢約 300人が乗船した 7隻の「マカッサル人」のプラウを目撃しました。彼は、彼らが誘拐を目的とした襲撃を行っており、南はローバック湾(後のブルーム)にまで及ぶ範囲で活動していたと考えていました。実際、1866年頃にはローバック湾で「かなりの数の船団」が目撃されています。ショールは、彼らがニッコール湾(1865年頃に欧州人による真珠採取業が始まった場所)などの他の海域へ南下しなかったのは、それらの海域にトレパンが生息していなかったためだと推測していました。
 マカッサル人による航海は 19世紀後半のどこかの時点で途絶えたとみられ、その後はインドネシア諸島の他の地域を拠点とする船乗りたちがその役割を担うようになりました。
 2000年、歴史家であり映像作家でもあるトム・マレーが、ABCラジオ・ナショナル向けにマカッサルと北東アーネム・ランド間の交易を扱ったラジオ・ドキュメンタリー「Trepang Trade(トレパン交易)」を制作しました。この作品には、交易船に乗ってマカッサルを訪れたことのあるヨルング(アボリジニ)の人々による交易の証言が盛り込まれています。その中には、人類学者のロナルド・バーントとキャサリン・バーント夫妻のインタビューを受けたジャラチェリ(Djalatjerri、綴りはDjalatjirriやDjaladjariとも)という男性も含まれていました。この作品で紹介されているその他のヨルングの人々による回想としては、エルチョ島のグマチ(Gumatj)族の男性チャーリー・マチュウィ・ブラルワンガや、北東アーネム・ランドのロルウウイ(Rorruwuy)出身のダティウイ(Dätiwuy)族の男性モワラ・ガナンバー(OAM受章者)の証言があります。
 
スラウェシ島におけるマカッサルの位置が判る地図
スラウェシ島マカッサル地図
地図サイズ:400ピクセル X 460ピクセル
 

マカッサル 地理と気候

 マカッサルは、スラウェシ島の南部に位置する南スラウェシ州の州都です(かつてはウジュン・パンダンと呼ばれていました)。北はマロス県およびパンカジェネ・ケプラウアン県、東はマロス県、南はゴワ県、西はマカッサル海峡に接しています。マカッサル市の面積は 175.77平方キロメートルとされています。
 マカッサル市は西側および北側の回廊に沿って海岸近くに広がる都市であり、タロ川、ジェネベラン川、パンパン川といった複数の河川が市内に流れ込んでいることから「ウォーターフロント・シティ」としても知られています。市域は標高0~25メートルの低地で構成されています。
 マカッサルの気候の気候は、熱帯モンスーン気候(ケッペン気候区分:Am)に属しています。年間の平均気温は 27.5℃で、赤道に近い緯度にあるため気温の変動は少なく、年間を通じて平均最高気温は約 32.5℃、平均最低気温は約 22.5℃で推移します。
 気温はほぼ一定であるのに対し、降水量は熱帯収束帯の移動に伴い、月によって大きな変動が見られます。マカッサルの年間平均降水量は約 3,086ミリメートル(年間降水日数163日)ですが、最も降水量の少ない8月には、降水量はわずか15ミリメートル(降水日数1日)にとどまります。対照的に雨季にあたる12月から 2月にかけては、月間降水量が 500ミリメートルを超えます。最も降水量の多い1月には、27日間の降雨があり、734ミリメートルの降水量が記録されます。
 

マカッサル 交通機関

 マカッサルには「ペテペテ(pete-pete)」と呼ばれる公共交通機関があります。ペテペテ(インドネシアの他の地域では「アンコット(angkot)」として知られる)は、乗客を運ぶために改造された乗り合いタクシーです。マカッサルのペテペテの運行ルートは、フロントガラスに表示された文字で識別されます。マカッサルは「ベチャ(becak)」(自転車タクシー)でも知られていますが、ここのベチャはジャワ島のベチャよりも小ぶりなのが特徴です。ベチャやペテペテに加え、市内には公営バス、タクシー、そしてGojek(ゴジェック)などの配車サービスも存在します。
 2014年には、「トランス・マミナサタ(Trans Mamminasata)」と呼ばれるバス・ラピッド・トランジット(BRT)の運行が開始されました。このシステムはマカッサル市内を走る複数のルートを持ち、マロス、タカラール、ゴワといった近隣都市とも接続しています。インドネシア運輸省が運営するこのバスは、20席の座席に加え、20人の立ち乗り客を収容可能です。
 2011年には、マカッサル、マロス県、スンググミナサ(ゴワ県)、タカラール県(これらを合わせて「マミナサタ地域」と呼ぶ)を結ぶ全長35キロメートルのモノレール計画が提案されました。総工費は 4兆ルピア(4億6800万米ドル)と見込まれ、2014年の運行開始が予定されていました。2011年7月25日には、マカッサル市、マロス県、ゴワ県の間で覚書が締結されました。しかし、利用客数の不足と採算性の欠如を理由に、2014年にこのプロジェクトは正式に断念されました。
 マカッサル市、その周辺地域、および南スラウェシ州の空の玄関口となっているのが、スルタン・ハサヌディン国際空港です。同空港はマカッサル市の行政区域外、近隣のマロス県に位置しています。
 海路については、スカルノ・ハッタ港が利用されています。2012年1月、同港の既存の埠頭は処理能力が不足しており、毎日少なくとも 2隻の船舶が順番待ちをしなければならない状況を解消するため、埠頭を 150メートル×30メートルの規模に拡張することが発表されました。
 
 マカッサルへの交通アクセスは、飛行機ではハサヌディン国際空港(Hasanuddin Sultan Hasanuddin International Airport)があります。
 日本からマカッサルへの直行便はありません。東南アジア域内では、マレーシアのクアラルンプールから飛行機(直行便、1便/日) 3時間25分、シンガポールから飛行機(直行便、3便/週) 3時間です。
 インドネシアの首都ジャカルタからマカッサルまで飛行機(直行便、36~38便/日) 2時間15分、スラバヤから飛行機(直行便、19~20便/日) 1時間25分、バリ島デンパサールから飛行機(直行便、4~5便/日) 1時間10分、カリマンタン島(ボルネオ島)バリクパパンから飛行機(直行便、4~5便/日) 1時間、ニューギニア島ジャヤプラから飛行機(直行便、7便/日) 2時間55分です。マカッサルからスラウェシ島マナドまで飛行機(直行便、3便/日) 1時間40分、ケンダリまで飛行機(直行便、10~12便/日) 45分、パルマで飛行機(直行便、6~7便/日) 1時間です。
 
マカッサル地図(Google Map)
所在地:インドネシア スラウェシ島 南スラウェシ州マカッサル市
 

 
サイト内の関連コンテンツ
マカッサルのホテルマカッサル地図マカッサル気温マカッサルの天気スルタン・ハサヌディン国際空港
ページ先頭(インドネシア:マカッサル地図)へもどる
旅行のとも、ZenTech トップページへ移動する。  Copyright © 1997-2026 ZenTech. All Rights Reserved