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ビハール州
ブッダガヤ
ブッダガヤ(Buddha Gaya (Bodh Gaya (Bodh Gayā)), Biharは、インド 北部のビハール州 ガヤ県に位置するマハーボディ寺院群と関連のある宗教的聖地で、仏教徒の重要な巡礼地です。ブッダガヤの人口は 48,184人(2018年現在)、面積 20.2平方キロメートル(7.8平方マイル)、北緯 24度41分42秒 東経 84度59分29秒です。最寄り都市はガヤ で、ガヤからブッダガヤまで車で 25分(南へ道なりで 15キロメートル)です。
ゴータマ・ブッダ(お釈迦様(仏陀))が菩提樹の下で悟り(パーリ語:bodhi)を開いたとされる場所(仏陀が悟られた場所=成道の地)として有名です。古代から、ブッダガヤは仏教徒の巡礼と崇拝の対象であり続けています。特に、彫刻を含む考古学的発見は、マウリヤ朝時代から仏教徒によってこの地が利用されていたことを示しています。
仏教徒にとって、ブッダガヤはゴータマ・ブッダの生涯に関連する4つの主要な巡礼地(仏教4大聖地)の中で最も重要な場所です。他の 3つはルンビニ (生誕の地)、サルナート (初転法輪(初説法)の地)、クシナガラ (涅槃(入滅)の地)です。2002年、ブッダガヤにあるマハーボディ寺院は「ブッダガヤの大菩提寺 (Mahabodhi Temple Complex at Bodh Gaya)」の名称でユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されました。
ブッダガヤ 写真(マハーボーディ寺院の仏塔)
ブッダガヤ 観光
パトナから約 110キロメートル(北緯 24度 41分43秒、東経84度 59分38秒)に位置するこの聖域には、金剛座(ヴァジュラーサナ)や菩提樹を擁するマハーボーディ寺院(大菩提寺)が含まれています。この菩提樹は、元来スリランカにある「スリ・マハー・ボーディ」の若木から育てられたものであり、そのスリ・マハー・ボーディ自体も、釈尊が悟りを開いた際の本来の菩提樹の若木であると伝えられるものから育った木です。
釈尊の成道から約 200年後の紀元前 250年頃、アショーカ王がブッダガヤを訪れ、そこに僧院と聖堂を建立しました。
この初期の寺院の姿は、紀元前 25年頃に遡るサンチーの第1ストゥーパのトラナ(塔門)や、シュンガ朝初期(紀元前 185年頃~紀元前 73年頃)のバルフトのストゥーパの欄楯(らんじゅん)に見られる浮き彫りの中に確認することができます。
サムドラグプタと同時代を生きたスリランカのキッティシリメーガ王は、サムドラグプタの許可を得て、マハーボーディ寺院の近くに僧院(サンガーラーマ)を建立しました。これは主に、菩提樹を礼拝するために訪れるシンハラ人の僧侶たちが利用するためのものです。この僧院に関する事情は玄奘によって記されており、彼が実際に目にした様子が描写されています。ブッダゴーサが長老レヴァタと出会い、セイロン(スリランカ)へ行くよう説得されたのも、おそらくこの場所でのことです。
マハーボーディ寺院周辺の広範な地域には、チベット、モンゴル、ネパール、日本、韓国、カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム、シッキム、スリランカ、台湾、タイ、ブータン、中国の人々によって、数多くの仏教寺院や僧院が建立されています。これらの建物には、それぞれの国の建築様式や装飾様式が反映されています。中国寺院にある仏像は 200年前のもので、中国から運ばれてきたものです。日本の「日本寺」はパゴダ(仏塔)の形をしています。ミャンマー(ビルマ)寺院もパゴダの形をしており、バガンの建築様式を彷彿とさせます。タイ寺院は金色の瓦で覆われた傾斜のある湾曲した屋根を持ち、内部には巨大なブロンズ製の仏像が安置されています。タイ寺院の隣には、100年以上の歴史を持つ庭園の中に、高さ 25メートル(82フィート)の仏像が立っています。
ファルグ川の対岸、バクラウル村にはスジャータ・ストゥーパがあります。このストゥーパは、乳粥を捧げた村娘スジャータを記念して建てられたものです。彼女は、ガウタマ・シッダールタ(後のブッダ)がガジュマルの木の下に座っていた際に乳粥を施し、それによって彼の 7年間に及ぶ断食と苦行が終わるとともに、彼が「中道」を通じて悟りを開く助けとなったと伝えられています。このストゥーパは紀元前 2世紀に建立されたものであり、付属の僧院跡から黒色磨研土器やパンチマーク貨幣(初期のインド貨幣)が発見されたことによって、その年代が裏付けられています。
バクラウル村(スジャータ村)にあるスジャータ寺院は、後にブッダとなるシッダールタ・ガウタマの生涯に関連する、歴史的かつ宗教的に重要な場所です。この寺院は、村の女性スジャータがシッダールタに乳粥を捧げ、長年の過酷な苦行の後に彼に栄養を供給したという、極めて重要な出来事を記念するものです。これがシッダールタに「中道」を歩む力を与え、最終的に悟りを開くことにつながったと言われています。この寺院は、その重要な出来事の舞台となった場所にほど近いニランジャナ川のほとりに建っています。質素な建築様式のスジャータ寺院には、多くの巡礼者や観光客が訪れます。周囲の村や静穏な風景が寺院の精神的な雰囲気を一層高めており、そこは思索と崇敬の場となっています。
ブッダガヤには、「大仏(Great Buddha Statue)」として知られる高さ 80フィート(約 24メートル)の仏像が建立されています。この像は 1989年11月18日に除幕・開眼供養が行われました。開眼式にはダライ・ラマ14世も参列し、インド史上初となるこの巨大な仏像に祝福を授けました。「仏の光を全世界へ」というスローガンのもと、大乗教(Daijokyo)が 12万人もの石工を動員し、7年の歳月をかけてこの像を建立しました。
ブッダガヤの観光名所としては、世界遺産「ブッダガヤの大菩提寺(マハーボーディ寺院、Mahabodhi Temple、9層、高さ 52メートル)」、ゴータマ・ブッダの菩提樹、沐浴の蓮池、ブッダガヤ考古学博物館(Archaeological Museum Bodhgaya)、大乗仏教寺院(Daijokyo Buddist Temple)、ブータン僧院(The Royal Bhutan Monastery)、チベット寺院(Tibetan Temple gaden phelgayling namgyal datsang)、タイ寺院(Wat Thai Buddhasawika)、テルガル僧院(Tergar Monastery)、フトゥカン・テイン寺院(Htukkant Thein Temple)、ブッダガヤ・バナ・ヴィハラ寺院(Buddhagaya Bana Vihara)、ミャンマー寺院(Myanmar Vihar)、カルマ寺院(Karma Temple)、カンボジア僧院(Cambodian Monastery)、モンゴル寺院(Mongolian Temple)、ブッダガヤ市場(Bodhgaya Main Market)などがあります。
ブッダガヤのホテルとしては、ホテル・タージ・ダルバール(Hotel Taj Darbar)、ホテル トウキョウ ビハール(Hotel Tokyo Vihar)、ホテル・ブッダ・インターナショナル(Hotel Buddha International)、ホテル・マハマヤ(Hotel Mahamaya)、ホテル・ヘリテイジ・ブッダガヤ(Hotel Heritage Bodhgaya)、ホテル・オーチャード・ブッダガヤ(Hotel Orchid Bodhgaya)、ブッダガヤ・ゲストハウス(Bodhgaya Guest House)、ホテル・スター・ブッダガヤ(Hotel Star Bodh Gaya)、ホテル R.K. パレス・ブッダガヤ(Hotel R. K. Palace Bodhgaya)、ザ・ロイヤル・レジデンシー(The Royal Residency)、オヨ 29185 ファン・フライデー・ゲストハウス(OYO 29185 Fun Friday Guesthouse)などがあります。
ブッダガヤ地図(Map of Buddha Gaya, Bihar State, India)、ブッダガヤの観光名所・見所がわかる地図です。このブッダガヤ地図は、データ改変と再配布を行わない事および出典(引用元)を明記する事を条件に無料かつ自由に利用可能です。著作権は当サイトに帰属します。Webサイトで地図を利用される場合は当サイトへのリンクをお願いします。
地図サイズ:560ピクセル X 400ピクセル
ブッダガヤ 歴史
ブッダガヤは、仏教において最も神聖な場所とされています。ブッダの時代には「ウルヴェーラー」と呼ばれていたこの地は、リラージャン川のほとりに位置しています。この地に最初に寺院を建立したのは、マウリア朝のアショーカ王です。
伝統的には、ブッダは紀元前 563年、ネパールのルンビニにおいて、バイサーク月(Baisakhi)の満月の日(暦年が満月で始まらない場合、その年における2回目の満月の日)に生まれたと信じられています。シッダールタという名の王子であった彼は、紀元前 534年、29歳の時に家族を捨てて出家し、真理を求めて旅と瞑想を続けました。ガヤーのウルヴェーラー(ブッダガヤ)で 6年間にわたり苦行を行いましましたが、それが解脱をもたらさないと悟り、その実践を放棄しました。その後、彼は自ら「八正道(はっしょうどう)」を見出し、それを実践することで、ついに悟りを開きました。それは、貪欲(ラーガ)、怒り(ドヴェーシャ)、無知(モーハ)という「三毒」から完全に解放された状態です。
この時、かつて苦行を共にしていた 5人の仲間たちはブッダを見捨てました。彼らの目には、ブッダがただの平凡な人間にしか映らなかったからです。彼らは、栄養が十分に行き渡ったブッダの姿を嘲笑い、「苦行を捨てた托鉢僧ゴータマがやってくるぞ。あのような男は、もはや敬うに値しない」と言い放ちました。彼らがかつての誓いを持ち出した際、ブッダは次のように答えました。「苦行は心を混乱させるだけです。苦行がもたらす疲弊や精神の混濁状態にあっては、人生の日常的な事柄さえ理解できなくなり、ましてや感覚を超越した真理など到底理解できません。私は、贅沢と苦行という両極端な道を捨てました。そして「中道(ちゅうどう)」を見出したのです」。これは、安楽すぎる道(裕福な王子としての過去の生活)でもなく、過酷すぎる道(厳しい環境での生活や自己否定的な苦行)でもない道を指すものとして説かれています。これを聞いた 5人の修行者は、ヴァーラーナシーの北東13キロメートルに位置するサールナートの「鹿野苑(ろくやえん)」において、仏陀の最初の弟子となりました。
ゴータマの弟子たちは、ヒンドゥー暦のヴァイシャーカ月(4月~5月)の満月の時期にこの地を訪れるようになりました。やがてこの地は「ブッダガヤー」として、その悟りを開いた日は「ブッダ・プールニマー」として、そしてその木は「菩提樹」として知られるようになりました。
ブッダガヤーの歴史は、数多くの碑文や巡礼者の記録によって伝えられています。その中でも特に重要なのが、5世紀の法顕(ほっけん)や7世紀の玄奘(げんじょう)といった中国の巡礼者による記録です。この地域は、13世紀にトルコ系軍隊に征服されるまで、何世紀にもわたって仏教文明の中心地として栄えました。
11世紀から 13世紀にかけて、ブッダガヤーは「マガダのピティパティ(Pithipati)」と呼ばれる地元の有力者たちの支配下にありました。その支配者の一人であるアーチャーリヤ・ブッダセーナは、マハーボーディ寺院の近くでスリランカの僧侶たちに寄進を行ったことが記録されています。12世紀には、デリー・スルターン朝のクトゥブッディーン・アイバクやバフティヤール・ハルジー率いるイスラーム教徒のトルコ軍が侵攻し、ブッダガヤーとその周辺地域を破壊しました。
インドにおけるブッダガヤの場所が判る地図
地図サイズ:400ピクセル X 480ピクセル
ブッダガヤ 交通機関
BSTDC(ビハール州観光開発公社)により、ラージギルを経由してパトナとブッダガヤを結ぶバスの運行が開始されました。
ビハール州観光局は、パトナとブッダガヤ間を結ぶ「ワンダー・オン・ホイール(Wonder on Wheel)」という特別なキャラバン・サービスを導入しました。
ガヤー空港はブッダガヤから 7キロメートル、ガヤー・ジャンクション駅からは約 10キロメートルの距離にあります。
ブッダガヤでは、より静穏な環境を保つため、オートリキシャ、自動車、バスの利用が制限されています。自動車やバスの利用には許可が必要であり、利用可能なタクシーは、走行音がほとんどしない電動リキシャのみとなっています。
ブッダガヤへの交通アクセスは、飛行機ではガヤ空港(Gaya Airport)があります。
ビハール州の州都パトナ からブッダガヤまで車やバスで 3時間40分(南へ道なりで 105km)、ガヤ から車で 30分(南へ道なりで 16km)です。ブッダガヤからラージギル(王舎城)まで車で 2時間20分(北東へ道なりで 71km)、ウッタル・プラデーシュ州サルナート まで車で 5時間50分(西北西へ道なりで 250km)です。
ビハール州におけるブッダガヤの場所が判る地図
地図サイズ:480ピクセル X 360ピクセル
ブッダガヤ地図(Map of Buddha Gaya, Bihar State, India)、Google Map
ブッダガヤ観光名所の写真
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