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マレーシア
プトラジャヤ地図
プトラジャヤ(英語:Putrajaya)は、正式にはプトラジャヤ連邦直轄地(英語:Federal Territory of Putrajaya、マレー語:Wilayah Persekutuan Putrajaya)であり、マレーシア・マレー半島西海岸にある都市、マレーシア連邦の行政の中心地(行政新首都)です。マレーシア連邦政府所在地は、過密と渋滞のため、1999年にクアラルンプールからプトラジャヤに移転され、 マレーシア司法府所在地はその後、2003年にプトラジャヤに移転されました。なおクアラルンプールは、憲法によりマレーシアの首都のままであり、現在も国家元首(ヤン・ディ・ペルトゥアン・アゴン)と国会(マレーシア議会)がクアラルンプールに置かれており、また同国の商業と金融の中心地でもあります。
プトラジャヤの設立は、マハティール・モハマド首相(当時)のアイデアです。1990年代に初めて考え出されたプトラジャヤは、インターネット、メディア、デジタル通信の新たな導入と投資に重点を置く「新しい形の電子政府の実験場」となることが想定されていました。プトラジャヤの開発は 1995年8月に始まり、推定81億米ドルの費用で完了しました。2001年2月1日、プトラジャヤは 1974年のクアラルンプール、1984年のラブアンに続き、マレーシアで 3番目の連邦直轄地となりました。プトラジャヤは、クランバレーをカバーする特別経済区であるMSCマレーシアの一部でもあります。
プトラジャヤ イメージ(マレーシア首相官邸(ペルダナ・プトラ、Perdana Putra))
プトラジャヤ観光
プトラジャヤの観光名所としては、プトラジャヤ湖、スリ・グミラン・ブリッジ(Seri Gemilang Bridge、プトラジャヤ・コンベンション・センターとヘリテージ・スクエアを結ぶ道路橋、全長 240メートル、2003年開通)、プトラ・モスク (Putra Mosque) 、ペルダナ・プトラ(首相官邸、Seri Perdana(セリ・ペルダナ))、タマン・ボタニ・プトラジャヤ(植物園、Taman Botani Putrajaya)、アンジュン・フロリア(Anjung Floria、公園)、バイン・ガーデン(Vine Garden)、スリ・ワワサン・ブリッジ(Seri Wawasan Bridge)、プトラジャヤ・ブロークン・ブリッジ(Putrajaya Broken Bridge)、自然解説センター(Nature Interpretation Center)、フラミンゴ池(Flamingo Pond)、モロッコ建築物(Moroccan Pavilion Putrajaya)、タマン・ワリサン・パーターニアン・プトラジャヤ(Taman Warisan Pertanian Putrajaya)などがあります。
プトラジャヤのホテルは、ル メリディアン プトラジャヤ、サイバービュー リゾート & スパ、プトラジャヤ マリオット ホテル、ゼニス ホテル プトラジャヤ、ダブルツリー バイ ヒルトン プトラジャヤ レイクサイド、ドーセット プトラジャヤ、ホテル EST キャピタル、ホテル テネラ、ジ エヴァリー プトラジャヤ、エンブン リゾート @ プトラジャヤ, ブキット ドゥガン, スンガイ メラブ, デサ プトラ、サイバージャヤ タマリンド スイーツ バイ クロール ホーム2ステイ、パーム ガーデン ホテル、パークイン バイ ラディソン プトラジャヤ、コンド タマラ プトラジャヤ、ロー ホームステイ、プラス グランデ ホテル、エヴォ スタディオ バンギ、メイズ プレイス @ エヴォ ソーホー スイーツ、エヴォ ソーホー デュプレックス スイーツなどがあります。
マレーシアにおけるプトラジャヤの場所が判る地図(Map of Putrajaya, Malaysia)
地図サイズ:560ピクセル X 340ピクセル
プトラジャヤ歴史
「プラング・ベサール(Prang Besar/別名Perang Besarはマレー語で「大戦争」の意)」は、第一次世界大戦の英国退役軍人によって、1921年にジャングルだった土地にゴム農園として設立されました。その名称もこの経緯に由来しています。当初800エーカー(3.2平方キロメートル)だった敷地は 8,000エーカー(32平方キロメートル)へと拡大し、ラジャ・アラン農園(Estet Raja Alang)、ギャロウェイ農園(Estet Galloway)、ブキット・プラング農園(Estet Bukit Prang)などの周辺農園と統合されました。
1975年まで、現在のプトラジャヤおよび隣接するサイバージャヤの地域は、ウル・ランガット郡(Hulu Langat District)の管轄下にありました。
クアラルンプールに代わる新たな連邦政府行政中心地を設けるという構想は、マレーシアの第4代首相マハティール・ビン・モハマドの在任期間中である1980年代後半に浮上しました。混雑するクアラルンプール市内に官庁が分散している現状とは対照的に、効率的な行政拠点に官庁を計画的に配置できる、クアラルンプールに隣接した新都市が構想されたのです。新都市の候補地としては、クアラルンプールと新しいクアラルンプール国際空港(KLIA)の中間に位置する場所が提案されました。候補地にはプラング・ベサールとパハン州のジャンダ・バイク(Janda Baik)の 2か所が挙がりましましたが、最終的に「プトラジャヤ」という名称がこの地に採用されました。
連邦政府は、新たな連邦直轄領の設置に向けてセランゴール州と交渉を行いました。1990年代半ば、連邦政府はセランゴール州内のプラング・ベサールにある約 11,320エーカー(45.8平方キロメートル)の土地に対し、多額の対価を支払いました。この土地購入の結果、セランゴール州は現在、クアラルンプールとプトラジャヤという2つの連邦直轄領を囲む形となっています。
「ガーデンシティ(緑園都市)」かつ「インテリジェントシティ(高度情報化都市)」として計画されたこの都市では、自然の景観を活かした緑地が全域の 38%を占めています。計画には、オープンスペース(開放空間)や広い大通りのネットワークが組み込まれました。建設は 1995年8月に開始され、最終的な推定総工費は 81億米ドルに上る、マレーシア最大かつ東南アジアでも最大級のプロジェクトとなりました。このプロジェクト全体はマレーシア企業によって設計・建設され、輸入資材の使用率はわずか10%にとどまりました。プトラジャヤの建物の多くは、東南アジアに定着していた様式や(クアラルンプールのネオ・ムガル様式の建物に見られるような)インドから伝わった様式ではなく、中東や中央アジア(バグダッドやダマスカスなど)のイスラム建築の要素を意識的に取り入れて建設されました。これは、マハティール政権が掲げた、コスモポリタンかつ汎イスラム的なアイデンティティを反映させることを意図したものです。
1997年のアジア通貨危機により、プトラジャヤの開発は一時的に減速しました。1999年には首相府の職員300名が同地へ移転し、残りの公務員は 2005年に移転しました。2001年2月1日、同市は正式に連邦政府へ移管され、マレーシアで 3番目の連邦直轄領と宣言されました。
2002年には、プトラジャヤとセパンにあるクアラルンプール国際空港(KLIA)を結ぶ鉄道「KLIAトランジット」が開通しました。一方、都市内交通システムとして計画されていたプトラジャヤ・モノレールの建設は、建設費の高騰を理由に中断されました。プトラジャヤにあるモノレール用の吊り橋の一つは、現在も使用されないまま残されています。
2013年4月、プトラジャヤ当局は、両都市間の協力関係を構築するため、韓国の世宗(セジョン)市当局と意向表明書(LOI)を締結しました。
プトラジャヤ気候
プトラジャヤは熱帯雨林気候(Af)に属し、一年を通じて気温が高く、降水量も多いのが特徴です。この気候区分の地域に典型的なように、プトラジャヤには明確な乾季がありません。同地の平均気温は 27.1℃(約 80.8°F)です。また、年間の平均降水量は 2307ミリメートル(約 90.8インチ)となっています。
プトラジャヤ交通機関
プトラジャヤは西側が連邦高速道路 29号線、東側が連邦高速道路 30号線に囲まれています。インダ島とカジャンを結ぶサウス クラン バレー高速道路 E26がプトラジャヤの北端を通っています。ELITE E6607番出口は、プトラジャヤと近隣のサイバージャヤに接続しています。高速道路 29号線はプトラジャヤの北西角でダマンサラ - プチョン高速道路(LDP)E11と交わっており、プチョン市、スバン ジャヤ、ケラナ ジャヤ、ケポンと市を結んでいます。
プトラジャヤ市内では、以下の道路が市内の主要大通りとして機能します。
- ペルシャラン・ペルセクトゥアン
- ペルシャラン・スルタン・サラフディン・アブドゥル・アジズ・シャー(直径3.5キロメートル(2.2マイル)の世界最大のロータリー)
- ペルシャラン・ウタラ
- レブ セントーサ
- ペルシャラン・バラット
- ペルシャラン・セラタン
- ペルシャラン・ティムール
- ペルシャラン・ペルダナ(大通り)
プトラジャヤには、市の西端にある交通ハブ「プトラジャヤ・セントラル」を経由する2つの都市鉄道(KLIAトランジットおよびプトラジャヤ線)が乗り入れています。MRTプトラジャヤ線はマレーシアで 5番目に開業した地下鉄路線であり、ラピッド・レール(Rapid Rail)のネットワーク内で最長の路線です。プトラジャヤ・セントラル駅は、同ネットワークの最南端の駅となっています。KLIAトランジットは、クアラルンプールのKLセントラル駅と国際空港を結ぶマレーシアの 2つの空港連絡鉄道のうちの一つで、途中のプトラジャヤを含む3駅に停車します。
マレーシア国鉄(KTM)の路線網はプトラジャヤには乗り入れていません。かつて計画されていたクアラルンプール・シンガポール高速鉄道については、プレシン・14(Precinct 14)とバンダル・バル・バンギ(Bandar Baru Bangi)の中間付近にあるカンポン・ダト・アブ・バカール・バギンダ(Kampung Dato Abu Bakar Baginda)に駅を設置し、プトラジャヤに乗り入れる構想がありました。
2003年頃にはプトラジャヤでのモノレール建設が計画されていましましたが、人口の少なさを理由に中断されました。カジャン(Kajang)、バンダル・バル・バンギ、サイバージャヤ(Cyberjaya)への接続を含むプトラジャヤ・モノレール建設再開の計画は、いまだ実現に至っていません。プトラジャヤ湖に架かるモノレール用の吊り橋は、建設済みであるものの使用されていませんでしたが、2026年1月には歩行者専用橋として転用される予定です。
プトラジャヤ公社(Putrajaya Corporation)は、子会社の「ナディ・プトラ(Nadi Putra)」を通じて独自の路線バスを運行しており、天然ガス(NGV)バスや一部の電気バスを使用しています。このバスサービスはプトラジャヤ全域およびサイバージャヤをカバーするほか、プトラジャヤ・セントラルやプレシン・14のパーク・アンド・ライド(P&R)施設を拠点として、プドゥラヤ(Puduraya)経由でクアラルンプールへ向かう急行バスや、近隣の他都市への路線も運行しています。プトラジャヤ市内にはバス停も多数設置されており、ナディ・プトラの路線が利用可能です。また、ラピッドKL(Rapid KL)、コーズウェイ・リンク(Causeway Link)、シティライナー(Cityliner)といった事業者も、プトラジャヤ・セントラルからバンティン(Banting)、プチョン(Puchong)、バンダル・ウタマ(Bandar Utama)、プタリン・ジャヤ(Petaling Jaya)などの地域へバスを運行しています。
プトラジャヤ・セントラルからは、マレーシア北部の各州へ向かう都市間バスも運行されています。
プトラジャヤへの交通アクセスは、
首都クアラルンプールからプトラジャヤまで車で 36分(南へ道なりで 34km)です。プトラジャヤからサイバージャヤまで車で 20分(西へ道なりで 10km)、シャー・アラムまで車で 39分(北西へ道なりで 40km)です。
マレー半島におけるプトラジャヤの場所が判る地図
地図サイズ:440ピクセル X 440ピクセル
プトラジャヤ地図(Google Map)
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