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ボスニア・ヘルツェゴビナ地図
サラエヴォ地図
サラエヴォ(サラエボ、ボスニア語/クロアチア語/英語:Sarajevo、セルビア語:Сарајево)は、国家としてのボスニア・ヘルツェゴビナ (Bosna i Hercegovina)の首都であり、ボシュニャク人(イスラム教を信仰する南スラブ人)とクロアチア人(カトリックを信仰する南スラブ人)を主体とする共和国「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦(Federacija Bosne i Hercegovine)」の首都です。行政区域内の人口は 275,524人(2013年統計)、サラエヴォ都市圏人口 555,210人、ボスニア・ヘルツェゴビナの最大都市です。面積 141.5平方キロメートル、海抜 550メートル、北緯 43度52分 東経 18度25分(日本では北海道の留萌市から北見市と同程度の緯度)です。サラエボ県、イストチノ・サラエボ、および近隣の自治体を含むサラエボ首都圏には、555,210人が居住しています。ボスニアのサラエボ渓谷に位置し、ディナルアルプス山脈に囲まれ、南東ヨーロッパのバルカン半島の中心部、ミリャツカ川沿いに位置しています。
サラエボは、ボスニア・ヘルツェゴビナの政治、金融、社会、文化の中心地であり、バルカン半島における文化の重要な中心地です。エンターテインメント、メディア、ファッション、芸術において、地域全体に影響力を持っています。サラエボは、その長い宗教的・文化的多様性の歴史から、「ヨーロッパのエルサレム」 あるいは「バルカン半島のエルサレム」 と呼ばれることもあります。モスク、カトリック教会、東方正教会、シナゴーグが同じ地区に存在する、ヨーロッパの主要都市の中でも数少ない都市の一つです。また、旧ユーゴスラビア初の高等教育機関であるイスラム専門学校(現在はサラエボ大学の一部)もここにあります。
この地域には先史時代から人が定住していた証拠が残っていますが、近代都市は 15世紀、オスマン帝国がヨーロッパに進出した際に、オスマン帝国の拠点として発展しました。サラエボは歴史を通じて幾度となく国際的な名声を得てきました。1885年、サラエボはヨーロッパで初めて、そして世界ではサンフランシスコ (アメリカ合衆国 )に次いで 2番目に市内を走る常設の電気路面電車網を敷設した都市となりました。
1914年、サラエボは地元の青年ボスニア活動家ガブリロ・プリンツィプによってフランツ・フェルディナント大公が暗殺された場所となりました。この暗殺事件が第一次世界大戦の引き金となりました。この事件をきっかけにボスニアにおけるオーストリア=ハンガリー帝国の支配は終焉し、バルカン半島に多文化国家ユーゴスラビア王国が誕生しました。その後、第二次世界大戦後、この地域はユーゴスラビア社会主義連邦共和国内の共産主義社会主義共和国ボスニア・ヘルツェゴビナの首都に指定され、インフラ投資と経済発展により人口と経済が急速に拡大しました。
1984年、サラエボは冬季オリンピックを開催し、この都市にとって繁栄の時代を象徴する出来事となりました。しかし、ユーゴスラビア戦争勃発後、1992年4月から 1996年2月までのボスニア紛争において、サラエボは近代戦史上最長となる首都包囲を受け、合計 1,425日間の包囲を受けました。
戦後復興が進む中、サラエボはボスニア・ヘルツェゴビナで最も急速に成長している都市です。旅行ガイドブック「ロンリープラネット」は、サラエボを世界で最も優れた都市の 43位にランク付けしました。2009年12月には、同誌はサラエボを 2010年に訪れるべきトップ10都市の一つに選出しました。
2011年、サラエボは 2014年の欧州文化首都にノミネートされました。また、ヨーロッパユースオリンピックフェスティバルの開催地にも選ばれました。さらに、サラエボは 2019年10月、開発戦略の中心に文化を置いたことが評価され、ユネスコ創造都市に指定されました。また、世界で 18の映画都市の 1つにランクされています。
サラエヴォ イメージ(ラテン橋)
サラエヴォの観光名所としては、バシチャルシァ地区(サラエヴォ旧市街にある職人街)、旧市庁舎、ガジ・フスレヴ・ベグ・ジャーミヤ、ガジ・フスレヴ=ベグの墓、ガジ・フスレヴ=ベグ・バザール、サラエヴォ博物館、セルビア正教会、ユダヤ博物館(旧シナゴーグ)、イエスの聖心大聖堂(サラエヴォ大聖堂、ボスニア・ヘルツェゴビナで最大のカトリック教会の聖堂)、生神女誕生大聖堂、ラテン橋(Latin Bridge)、アリ=パシャ・モスク、アルス・アエヴィ現代美術館、マルイン・ドヴォル地区(国立歴史博物館、国立博物館)、アヴァズ・ツイスト・タワー、ゼトラ(旧オリンピックスケートリンク、オリンピック博物館)、黄色の要塞などがあります。
サラエヴォのホテルは、ホテル コヴァチ、ヴィラ オリエント、コートヤード バイ マリオット サラエボ、アパートホテル センター サラエボ、パンション スタリー グラード、ホテル スイソテル サラエボ、ホテル ホリデー、オーストリア & ボスニア、フェルハディヤ 31 オールド タウン サラエボ、ホテル ハヤット、イビス スタイルズ サラエボ、グレート ウォール ホテル サラエボ、ホテル ボス、ホテル ジェゼロ、オールド タウン ホテル、レジデンス イン バイ マリオット サラエボ、ホテル ビップ、ホテル ブティック リブリス、ホテル オパール ホーム、ブティック ブリストル アパートホテル、シティ ブティック ホテル、ホテル ヨーロッパ、ピノ ネイチャー ホテル、ヴィラ スカイ、ホテル ブティック プラティナム、ホテル ハイアット ヒルズ、ヴィラ アンドレア、ホテル ビストリク、ホテル スイソテル サラエボ、ブティック ゲストハウス EMPL 74、ホテル ラドン プラザ、ホテル バンク、ホテル ベジツラン、ホテル プレジデント、イビス スタイルズ サラエボ、ホステル スカンディック、ホテル グランドなどがあります。
ボスニア・ヘルツェゴビナにおけるサラエヴォの位置が判る地図
地図サイズ:480ピクセル X 360ピクセル
サラエヴォへの交通アクセスは、飛行機ではサラエヴォ国際空港(ブトミル空港)、鉄道ではサラエヴォ中央駅、都市間バスではボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側バスターミナル、セルビア人共和国側バスターミナル(東サラエヴォ・バスターミナル)、市内交通では路面電車(ライトレール)、路線バスがあります。
オーストリアのウィーン からサラエヴォまで飛行機(直行便、1~2便/日)で 1時間10分、ドイツのミュンヘン から飛行機(直行便、1便/日)で 1時間20分、トルコのイスタンブール から飛行機(直行便、4~5便/日)で 1時間50分です。セルビアのベオグラード からサラエヴォまで車で 4時間45分(南西へ道なりで 295km)、クロアチアのスプリト からサラエヴォまで車で 4時間(東へ道なりで 240km)です。
ボスニア・ヘルツェゴビナ国内では、サラエヴォからゼニツァ まで車で 55分(北西へ道なりで 69.1km)、トゥズラ まで車で 2時間10分(北北東へ道なりで 120km)、モスタル まで車で 2時間5分(南西へ道なりで 129km)です。サラエヴォからスルプスカ共和国バニャ・ルカ まで車で 3時間10分(北西へ道なりで 190km)です。
サラエヴォ地図(Map of Sarajevo, Bosnia and Herzegovina)
サラエヴォの交通機関と観光名所
サラエヴォの交通機関
サラエヴォ中央駅 / željeznička stanica Novo Sarajevo / Railway Station Sarajevo:ハンガリーなどへの国際列車も発着する駅
ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦側バスターミナル / Autobuska stanica Sarajevo:ボスニア国内、セルビア人共和国のバニャルカ、クロアチア、西ヨーロッパ各都市へのバスが発着
サラエヴォ国際空港 / Međunarodni Aerodrom Sarajevo (Sarajevo International Airport):サラエヴォ市街中心部のバシチャルシアからサラエヴォ国際空港まで車で25分(南西へ道なりで11km)、地図外左下
セルビア人共和国側バスターミナル(東サラエヴォ・バスターミナル) / Autobuska stanica Istočno Sarajevo:セルビア、モンテネグロ、ボスニア国内のセルビア人共和国の各都市へのバスが発着、サラエヴォ市街中心部のバシチャルシアからセルビア人共和国側バスターミナルまで車で20分(南西へ道なりで9km)、地図外左下
サラエヴォの観光名所
バシチャルシァ地区 / Baščaršija:サラエヴォ旧市街にある職人街、サラエボ観光でメインとなる場所です。
セビリ(水飲み場) / Sebilj
旧市庁舎 / Vijećnica
ガジ・フスレヴ・ベグ・ジャーミヤ / Gazi Husrev-begova džamija:イスラム教モスク
ガジ・フスレヴ=ベグの墓 / Türbe of Gazi Husrev-beg:ガジ・フスレヴ=ベグは、オスマン帝国時代のボスニア州の2代目知事です。サラエボで最初の図書館、マドラサ(イスラム世界の高等教育機関)、スーフィズム(イスラーム神秘主義哲学)の学校、サハト・クラ時計塔(Sahat Kula)などを建設しました。墓は、ガジ・フスレヴ・ベグ・ジャーミヤの建物の東隣
ガジ・フスレヴ=ベグ・バザール(ガジ・フスレヴ・ベイ・ベジスタン) / Gazi Husrev-begov bezistan:1542年から1543年にかけてガジ・フスレヴ=ベグによって建設された屋根で覆われた長さ109メートル市場
サラエヴォ博物館 / muzej Sarajevo
古いセルビア正教会 / Stara pravoslavna crkva / Old Orthodox Church
ユダヤ博物館(シナゴーグ) / muzej Jevreja
イエスの聖心大聖堂(サラエヴォ大聖堂) / Katedrala Srca Isusova (Rimokatokicka katedrala) / Sacred Heart Cathedral:ボスニア・ヘルツェゴビナで最大のカトリック教会の大聖堂
生神女誕生大聖堂 / Saborna Crkva Rođenja Presvete Bogorodice / Cathedral Church of the Nativity of the Theotokos:サラエヴォ最大のセルビア正教会の大聖堂であり、バルカン半島全体でも最大級の聖堂の一つ
ラテン橋 / Latinska ćuprija / Latin Bridge:ミリャツカ川に架かる石橋、ラティンスキー橋(旧プリンツィプ橋)
青空市場 / Trznica
サラエボ・シナゴーグ(新シナゴーグ) / Sarajevo Synagogue (Ashkenazi Synagogue)
アリ=パシャ・モスク / Ali-pasha džamija / Ali Pasha's Mosque:ハディム・アリ=パシャ(Hadim )の遺産によって1560年から1561年にかけて建造されたモスク
アルス・アエヴィ現代美術館 / Ars Aevi
マルイン・ドヴォル地区 / Marijin Dvor
国立歴史博物館 / The Historical Museum of Bosnia and Herzegovina
国立博物館 / Zemaljski muzej Bosne i Hercegovine / The National Museum of Bosnia and Herzegovina:閉館中
アヴァズ・ツイスト・タワー / Avaz Twist Tower:2009年に完成したボスニア・ヘルツェゴビナで最も高いビル、ボスニアの新聞社アヴァズ社が入るビルですが、観光客も入れます。31階がレストラン、35階がカフェ、そして36階が展望フロアとなっています。
ゼトラ(旧オリンピックスケートリンク、オリンピック博物館) / Zetra:サラエヴォ冬季オリンピック大会で使用されたスケートリンク
黄色の要塞 / Žuta tabija / Yellow Bastion
クロアチアのスプリトからサラエヴォまでの地図(車(バス/自動車)での移動ルート)
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