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白雲観
白雲観(はくうんかん、びゃくうんかん、白雲寺、中国語簡体字:白云观、繁体字:白雲觀、ピンイン(拼音):Běijīng Báiyún Guàn、英語:White Cloud Temple(Baiyun Temple))は、中国・北京市市街西部、北京市西城区西便門にある道教の道観(寺院および修道院)です。道教の二大教派の一つである全真教の本山であり、「天下第一の寺」と呼ばれています。
白雲観は唐の時代、玄宗によって 8世紀半ばに創建され、当初は「天長観」と呼ばれていました。その時代、この寺院は国家の支援を受け、エリート僧侶が勤務していました。現在の北京が金朝の支配下にあった1125年から 1215年まで、この寺院は道教の行政本部として機能し、国家の儀式で重要な役割を果たしました。1215年に北京がモンゴル人に占領された後、この寺院は全真宗の祖師である丘長春(金朝末期から元朝初期の道士、1148年2月10日(皇統8年1月19日)生~1227年8月22日(太祖22年7月9日)没)に引き継がれ、明朝が成立するまで全真宗の本部となりました。道号を「長春子」として知られていた丘長春は、この寺院を長春宮と改名しました。丘はチンギス・ハーンに召集されると、山東省から 3年がかりで旅をし、道教の解説をチンギス・ハーンに施し、1222年10月にそれを完了しました。丘の法嗣(後継者)である尹志平(清和真人、1169年生~1251年没)は、丘の墓の上に記念の祠を建てました。この祠は独立した寺院となり、白雲観として知られるようになりました。13世紀後半にモンゴル人が占領した際にこの道観は被害を受け、明の時代には長春宮が破壊されました。しかし、白雲観は生き残り、元の寺院の機能を引き継ぎました。明の時代、正一教(正一派)の僧侶が修道院の運営を引き継ぎましたが、全真派の伝統と叙階の儀式は継続しました。正一派による寺院の支配は 17世紀まで続き、その独占は終わり、全真宗の王常月(1680年没)が引き継ぎました。今日まで、白雲観は全真派によって支配されています。1940年代には僧侶が不在となり、1949年に共産党が政権を握ると閉鎖されました。文化大革命中に破壊された他の多くの史跡とは異なり、白雲観は生き残りましましたが、被害も受けました。今日、白雲観は再び完全に機能する寺院となっており、中国道教協会の本拠地となっています。
白雲観地図(Map of White Cloud Temple, Beijing, China)
地図サイズ:640ピクセル X 520ピクセル
白雲観 地図(Google Map)
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