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報国寺


 報国寺(ほうこくじ、大報国慈仁寺、中国語簡体字:报国寺(大报国慈仁寺)、繁体字:報國寺(大報國慈仁寺)、ピンイン(拼音):Bàoguó sì、英語:Baoguo Temple)は、中国北京市市街南西部、北京市西城区広安門内街の北側に位置する寺院です。この寺院は、「慈仁寺」、「大報国慈仁寺」などと順次名付けられ、地元住民はそれを報国寺と呼んでいました。報国寺はかつて7つの中庭と7層のホールを持ち、後ろには毘盧遮那閣があり、往時は北京南部最大の寺院でした。
 報国寺は遼代に最初に建てられ、明代初期に倒壊して全壊となりました。明代の成化2年(1466年)、第9代皇帝憲宗は寺院の再建を命じ、慈仁寺と名付けました。
 清代初期の1679年に首都・北京を大地震が襲い、寺院の建物のほとんどが倒壊しました。清朝の乾隆帝(清の第6代皇帝、康熙50年8月13日(1711年9月25日)生~嘉慶4年1月3日(1799年2月7日)没、在位:雍正13年8月23日(1735年10月8日)~乾隆60年12月30日(1796年2月8日))の治世19年(1754年)に再建され、乾隆帝によって大報国慈仁寺と名付けられました。
 1900年、義和団の乱により寺院に祭壇が建てられましたが、その後八カ国同盟の砲撃により破壊されました。日中戦争(中国では抗日戦争)中、北京が陥落すると、報国寺と顧亭林先生祠は日本軍の軍事補給基地として占領されました。日本が降伏した後、この場所は河北省土地穀物管理局によって穀倉として使用されました。
 1984年5月24日、報国寺と顧亭林祠は北京市文化財保護単位の第3陣に指定されました。1997年、第1回全国貨幣博覧会が報国寺で開催され、同時に報国寺収蔵市場が正式にオープンしました。2006年、報国寺は第6陣国家重点文化財保護単位に指定されました。2019年11月25日、報国寺収蔵市場有限公司は翌年1月に営業を停止すると発表しました。担当者は、将来的には報国寺を愛国教育活動の場として改装し、一般に再公開する予定であると述べました。
 
報国寺地図(Map of Baoguo Temple, Beijing, China)
報国寺地図
地図サイズ:640ピクセル X 520ピクセル
 
報国寺 地図(Google Map)
 

 
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